ネルソン・フレイタス新譜『Legacy』──遺産としての“最後のアルバム”に込められた25年の軌跡と継承

Nelson Freitas - Legacy

ゲトー・ズークを牽引したネルソン・フレイタス、“最後の”アルバム

オランダ・ロッテルダムでカーボベルデ系の両親のもとに生まれ、ズーク、R&B、Hip-Hopを融合したゲトー・ズークの発展とともにキャリアを築いてきたネルソン・フレイタス(Nelson Freitas)。2026年にリリースされた彼の8枚目のアルバム『Legacy』は、彼の“最後のアルバム”であり、文字通りその“遺産”をルゾフォニア文化圏へと伝える作品となりそうだ。

彼の過去作のCDが散りばめられた少しの寂しさを誘うようなジャケットの今作には12曲を収録。約37分と比較的コンパクトな構成だが、アガチュ(Agatchu)、マネカス・コスタ(Manecas Costa)、ヌーノ・リベイロ(Nuno Ribeiro)、アンダーソン・マリオ(Anderson Mário)、トゥエンティ・フィンガーズ(Twenty Fingers)、テオ・ノ・ビート(Teo No Beat)ら、ポルトガル語圏を中心とするミュージシャンが数多くゲスト参加している。
カーボベルデ、ポルトガル、ギニアビサウ、モザンビーク、アンゴラなど、ネルソン・フレイタスがこれまで活動を通じて接してきた音楽文化が自然に交差している。ジャンル表記ではAfro-Popに分類されることが多いものの、実際にはR&B、キゾンバ(Kizomba)、ダンス(Dance)などが混ざり合い、曲によって表情を変える。

ロッテルダムで育ったカーボベルデ系ミュージシャン

ネルソン・フレイタスの音楽を考えるうえで、ロッテルダムという出自は重要だ。カーボベルデにルーツを持ちながらヨーロッパの都市で育った彼は、1990年代後半にクアトロ(Quatro)というグループで活動を始め、2006年からソロ・アーティストとしてのキャリアを本格化させた。

そこで育ててきたのが、カーボベルデの音楽文化と現代的なR&B、Hip-Hopなどを組み合わせたサウンドである。特に彼の代名詞として知られているのがゲトー・ズーク(ghetto zouk)1と呼ばれるスタイルだ。従来のズーク2やカーボベルデ音楽の要素を残しながら、より都会的で滑らかなビートとR&B的な歌唱を取り入れたこの音楽は、ヨーロッパを拠点とするカーボベルデ系ディアスポラの文化とも深く結びついている。Spotifyの公式プロフィールでも、彼の音楽は現代的なR&Bとカーボベルデのコラ・ズーク(cola-zouk)3、Hip-Hopを組み合わせたものとして紹介されている。

『Legacy』(遺産)というタイトルには、こうした25年の歩みを振り返る意味もある。2025年にキャリア25周年を迎えたネルソン・フレイタスは、同年にモザンビークで制作した「Jungle Fever」を発表。現地のソングライターたちとライティング・キャンプを行い、リゾート内の3つのスタジオで楽曲を制作したという。プロデュースを担当したのは、カーボベルデのプロデューサー、ロボ・マウ(Lobo Mau)だった。

(3)「Jungle Fever」

ポルトガル語圏を横断する12曲

『Legacy』が特に面白いのは、ゲストの顔ぶれを見るだけでも作品の地理的な広がりが感じられることだ。

(2)「Lisboa」ではアンゴラ出身のアガチュを迎え、タイトル通りポルトガルの首都を題材にする。
(6)「Não Deixa」にはポルトガルのシンガー、ヌーノ・リベイロが参加。
(7)「I Need You」ではアンゴラのアンダーソン・マリオと共演している。そして「Só Sodadi」にはモザンビークのトゥエンティ・フィンガーズと、アンゴラのプロデューサー、テオ・ノ・ビートが加わる。

(5)「Tetete」も特筆すべきだろう。ギニアビサウ出身のマネカス・コスタをフィーチュアし、ネルソン・フレイタス、マネカス・コスタ、そしてカーボベルデ出身のジョジェ(Djodje)が作曲。マネカス・コスタ自身もエレクトリック・ギターで参加している。カーボベルデとギニアビサウという、西アフリカのポルトガル語圏を代表する音楽文化が、ひとつのポップ・ソングのなかで接続されている。

このように、さまざまな国の出身者がアルバムを彩っているが、これらはすべてアフリカでポルトガル語を公用語としている国々だ。つまり、今作は単に多様な国からゲストを招いたわけではない。ネルソン・フレイタス自身がロッテルダムでカーボベルデ文化を受け継ぎながら音楽を作ってきたように、彼の活動にはもともとディアスポラを介した文化の移動がある。今作『Legacy』では、そのルゾフォニア(ポルトガル語圏)のネットワークがより広い形で作品に反映されていると言えそうだ。

(7)「I Need You」

「Jungle Fever」とモザンビーク

アルバムのなかで先行して公開された前出の(3)「Jungle Fever」は、その制作背景も含めて重要な曲だ。

この曲は2024年、モザンビークのWhite Pearl Resortで開かれたライティング・キャンプから生まれた。フレイタスは現地のソングライターたちと8曲を制作し、そのうち3曲をEP『Waves』に収録する予定で進めていたという。「Jungle Fever」はそのセッションから生まれた一曲であり、プロデュースはロボ・マウが担当した。

ここには、フレイタスの近年の制作方法がよく表れている。オランダやイギリスのスタッフと制作することが多かった過去の作品に対し、『Legacy』ではポルトガル、カーボベルデ、モザンビークなど、さまざまな場所の音楽家との共同作業が増えた。本人もインタビューで、今回のアルバムではこれまでとは異なる地域のアーティストとのコラボレーションを行ったことを語っている

「Só Sodadi」とカーボベルデの記憶

(10)「Só Sodadi」も、このアルバムを象徴する一曲だろう。ここで使われている「Sodadi」4は、カーボベルデの音楽文化を語るうえで重要な言葉であり、ポルトガル語のサウダーヂ(saudade)と同じ語源を持つ。離れてしまった人や場所への思慕、郷愁、記憶など、ひとつの日本語に置き換えるのが難しい感情を含んでいる。

ネルソン・フレイタス自身はロッテルダム生まれだが、両親の故郷であるカーボベルデの文化を自身の音楽の中心に置いてきた。そう考えると、「Sodadi」という言葉を現代的なビートの上に置くことには意味がある。伝統を保存するために過去の音をそのまま再現するのではなく、現在のポップ・ミュージックとして更新していくというのは、今作の多くの曲に共通する姿勢だ、と気付かされる。

また(11)「Papu Reto」では、ディアスポラの世代間で言語が失われていく問題にも触れている。BANTUMENのリスニング・イベントでは、この曲をきっかけとして、遠く離れて暮らす世代の間で言語や文化的アイデンティティをどう維持するかという話題が取り上げられた。今作『Legacy』にはクレオール、ポルトガル語、英語の3言語による楽曲が収録されており、フレイタス自身もインタビューでその点を語っている。

「最後のアルバム」が意味するもの

『Legacy』は、ネルソン・フレイタスが公式に自身のキャリアにおける“最後のアルバム”だと説明している作品だ。
ただ、これを以て音楽活動を休止するわけではないということは注意すべきだろう。

今作の根源にあるのは、四半世紀(25年間)続けてきたひとつの章を閉じ、次の段階へ進むという考えである。未発表曲もまだ多数あり、いずれ「デラックス版」もリリース予定があるそうだ。

本人が語る「次の段階」が具体的にどのようなものになるのかは、まだ分からない。ただ、現在の彼が過去の成功を繰り返すことだけを目指しているわけではないことは、今回のアルバムを聴けば伝わってくる。彼はインタビューのなかで、ラジオで受け入れられるかどうかを以前ほど意識せず、自分が気に入った曲を世に出すようになったとも語っている。

ネルソン・フレイタスは2027年3月末、リスボンのMEO Arenaで『Legacy』のライブを行う予定だ。
アルバムの発表をひとつの区切りとして、その先に何を始めるのか。少なくとも「最後」という言葉だけで彼のキャリアを閉じてしまうのは、まだ早い気がする。

Nelson Freitas プロフィール

ネルソン・フレイタスは1975年、オランダ・ロッテルダム生まれのカーボベルデ系シンガーソングライター/プロデューサー。1990年代後半にズーク/R&Bグループ、クアトロ(Quatro)で活動を始め、1997年に「Hoje em Dia」で本格的にデビュー。2006年からソロ活動を開始し、カーボベルデ音楽を基盤に、ズーク、R&B、Hip-Hop、キゾンバなどを融合した「ゲトー・ズーク(ghetto zouk)」の発展を牽引してきた。オランダを拠点に始まった活動はポルトガル語圏を中心に広がり、現在はポルトガルを拠点に活動。2026年には、25年にわたるキャリアの節目となる8枚目のスタジオ・アルバム『Legacy』を発表した。

  1. ゲトー・ズーク(ghetto zouk)…カーボベルデの音楽やズークをベースに、R&B、Hip-Hop、電子的なビートなどを取り入れ、より都会的で洗練されたサウンドに発展させたもの。特にヨーロッパのカーボベルデ系ディアスポラの音楽シーンで広がった。 ↩︎
  2. ズーク(zouk)…1970〜80年代にフランス領アンティルで生まれた、カリブ海の音楽やダンスの影響を受けたダンス・ミュージック。 ↩︎
  3. コラ・ズーク(cola-zouk)…カーボベルデの音楽文化コラデイラと、フランス領アンティルを中心に発展したズークを組み合わせた、カーボベルデ系のポピュラー音楽のスタイルを指す言葉。 ↩︎
  4. Sodadi…ここでは「ソダーディ」と発音。同じくカーボベルデ出身の世界的歌手セザリア・エヴォラ(Cesária Évora)が歌った名曲「Sodade」と同じ意味の言葉。カーボベルデ・クレオール語は島や地域による言語差が大きく、表記法も完全に統一されているわけではないため、母音の表し方などに揺れがある。 ↩︎

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