Ayanna Witter-Johnson 『New Roots』
ジャマイカをルーツにもつイギリス・ロンドンのチェロ奏者/歌手/作曲家、アヤンナ・ウィッター=ジョンソン(Ayanna Witter-Johnson)が第二作目となるアルバム『New Roots』をリリースした。ほとんどの楽曲は彼女のチェロ弾き語りを軸に、小編成ながら抒情豊かなアンサンブルで構成されており、クラシックで培われた彼女の確かな演奏力とソウルフルな歌声、そしてジャズやカリブ音楽の影響を受けた巧みなアレンジを存分に楽しめる傑作となっている。
今作は2019年のデビュー・アルバム『Road Runner』以来、約7年ぶりとなるフルアルバム。収録された10曲の多くは、コロナ禍のロックダウン中やイングランドの田園地帯で一人過ごしたリトリートの時間や、ツアー先のホテルなどで書かれたという。長い孤独のなかで自身の出自にあらためて向き合い、英国で生まれ育ったジャマイカ系の人間としてのアイデンティティ、家族のウィンドラッシュ世代1から受け継いだもの、喪失と癒やし、人生の変化のなかで自分自身の軸を取り戻していく過程などを10曲に落とし込んでいる。
アルバムを通して中心にあるのは、彼女が10代の頃から弾き続け、「Reuben(ルーベン)」と名前をつけているドイツ製のチェロ2だ。旋律を奏でるだけでなく、ピチカートによるベースラインや反復するリズム、幾重にも重ねられたストリングスとして使われ、ときには楽曲のリズムそのものを担う。アヤンナ自身もReubenを今作の「grounding force(自分を地に繋ぎ止める力)」だと表現している。
演奏の大部分をアヤンナ自身が担っていることも『New Roots』の特徴だ。全曲でヴォーカルとチェロを担当するほか、ベース、ピアノ、シンセサイザー、パーカッション、プログラミングまでマルチに演奏し、全10曲を作詞作曲。さらにはアルバム全体のプロデュースも自ら手掛けた。外部の演奏者はドラムスのクリス・モリス(Chris Morris)をはじめ、ごく少数に絞られている。作品の私的な内容と、それを鳴らす音の距離が非常に近いこともこの作品の特筆すべき特長だ。
先行曲(2)「You Can Have Everything」は、その制作過程を象徴する一曲だ。核となるチェロのグルーヴは、以前ハートフォードシャーにある母親の家で一人過ごしていた際に生まれ、簡単な録音だけを残して長らく眠っていた。2020年初頭、パリ滞在中にその音源を発見し、その後のリトリートで歌詞を書き上げたという。世界的なパンデミックにより行動や生活が制限され、不確実性に覆われていた時期に、それでも想像力や精神まで制限される必要はないという思いから完成した曲だ。
より個人的な喪失が刻まれているのが(5)「Now You’re Flying」。アヤンナはコロナ禍で大叔父を亡くしており、この曲を彼に捧げている。当時は日記をつけながら、自分は何者なのか、どこに属しているのか、これからの人生や音楽で何を表現したいのかを考えていたという。今作の歌詞に内省的で、ときに告白的な言葉が多いのも、こうした制作環境と無関係ではない。
(9)「Pioneers」では、視点を個人から歴史へ広げている。題材となったのは黒人文化から生まれた表現が繰り返し取り入れられ、その起源が見えにくくなってきた歴史について。彼女自身も、それまで書いたことのない種類の歌詞だったため完成まで時間を要したと語っている。家族から受け継いだ記憶を扱う作品のなかで、文化そのものが誰から誰へ受け継がれてきたのかを問う曲として置かれている。
私たちが作るものはすべて、あなたが盗み続けるトレンドになる
(9)「Pioneers」より
すべての嘘を数え上げようとしても、決して数え終わることはない
あなたが私たちの築き上げてきたものを書き換えるとき、私たちはどうやって強くなれるの?
タイトルの『New Roots』には、どうやら単なる「ルーツへの回帰」とは少し異なるような意味が込められているようだ。アヤンナがこの作品について語っているのは、人生が不確かになり、あるいは一度断ち切られたように感じられるときにも、人はそこから新しい根を伸ばすことができるということ。
この一種の人間的な生々しさを感じさせるアルバムは、自身のジャマイカ系のルーツや家族から受け継いだものを振り返りながら、現在の自分がどこに根を張って生きていくのかを探ったアルバムでもある。
Ayanna Witter-Johnson プロフィール
アヤンナ・ウィッター=ジョンソンは、ロンドン生まれ、ジャマイカ系英国人のシンガーソングライター、チェリスト、ピアニスト、作曲家。幼少期からピアノを学び、10代でチェロを始める。トリニティ・ラバン音楽舞踊学校で作曲を学び首席級の成績で卒業したのち、ニューヨークのマンハッタン音楽院で作曲の修士号を取得。在学中にはハーレムのアポロ・シアターで開催される「Amateur Night」で、米国外出身者として初めて優勝した。
クラシックを基礎としながら、ジャズ、ソウル、R&B、レゲエなどを取り込んだ音楽を展開。歌いながらチェロを弓で奏でるだけでなく、指弾きや打楽器的な奏法も用いる演奏スタイルで知られる。これまでにアヌーシュカ・シャンカール(Anoushka Shankar)、ニティン・ソーニー(Nitin Sawhney)、アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)、ピーター・ガブリエル(Peter Gabriel)らと共演・ツアーを経験している。
作曲家としても活動し、ロンドン交響楽団(LSO)、クロノス・カルテット、フィルハーモニア管弦楽団、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団などから作品を委嘱。特にLSOとの関係は15年以上に及び、サイモン・ラトル(Simon Rattle)指揮で自作「FAIYA!」が演奏されたほか、2025年にはLSO打楽器アンサンブルとの共演作『Ocean Floor』を発表している。2019年に初のフル・アルバム『Road Runner』を自身のレーベルである Hill and Gully Records からリリース。2026年、セカンド・アルバム『New Roots』を発表した。
Ayanna Witter-Johnson – lead vocals (1–10), cello/strings (1–10), piano/keyboards (1, 4, 9), background vocals (1, 2, 4–10), bass (1, 2, 4, 5, 7, 8), percussion (1, 3, 8), synths (2, 4, 5, 6, 7, 9), instrumental programming (6, 7)
Chris Morris – drums (1, 2, 4, 9), bass (9), percussion (10)
Camilo Tirado – percussion (7)
James Yarde – percussion (9), additional synth programming (4)
Tania Ilyashova – synths (3)
- ウィンドラッシュ世代(Windrush generation)…第二次世界大戦後の1948年から1970年代初頭にかけて、労働力不足を補うためカリブ海地域からイギリスへ渡った人々とその世代を指す呼称。1948年に多数の移民を乗せてジャマイカから英国へ到着した客船「HMT Empire Windrush」に由来する。 ↩︎
- Ayanna Witter-Johnson愛用のチェロ「Reuben」…ドイツ・ミッテンヴァルトで作られた1978年製のベネディクト・ラング(Benedikt Lang)ブランドの楽器。中学生時代、最初は学校備品の古いチェロを使っていたが、その後学校関係者から「Reuben」を貸与してもらい、最終的には祖母がその楽器を彼女のために購入してくれた。以来長年にわたって演奏をともにしている。 ↩︎