新鋭SSWセージ・バヴァ 等身大の自身と自然とのつながりを描くデビュー作
ニューヨーク州北部の自然保護区で育ち、10歳の頃からジャズを基盤とした音楽活動を開始したシンガーソングライター/ピアニスト/ギタリストのセージ・バヴァ(Sage Bava)が、待望のデビュー・アルバム『In Whose Eyes』をリリースした。
ジャズを音楽的な基盤とし、ソウル、R&B、フォークなどの表現を横断する全12曲。ブラクストン・クック(Braxton Cook)、クリスチャン・マクブライド(Christian McBride)、ラリー・ゴールディングス(Larry Goldings)、アンソニー・ウィルソン(Anthony Wilson)ら現代ジャズの重要な音楽家らが演奏に参加し、プロデュースはバヴァ自身と、ジョニ・ミッチェルやメロディ・ガルドーなどとの仕事で知られるラリー・クライン(Larry Klein)が手掛けている。長い時間をかけてバヴァが作りためてきたセッションを、最終段階でラリー・クラインとともに一枚のアルバムへ仕上げた作品だ。
アルバムの根底にはバヴァが繰り返し語ってきた「We are nature(私たちは自然である)」という考え方がある。
彼女はニューヨーク州北部で、両親が運営する約40ヘクタール(東京ドーム8.5個分)動物保護施設兼自然保護区域オドナタ・サンクチュアリ(Odonata Sanctuary)1に生まれ育った。森林を保全するとともに、動物たちが余生を過ごしたり、傷ついた動物がリハビリテーションを受けたりする場所だ。環境保護活動家でもある両親のもと、自然や動物を人間とは切り離された存在として扱わない感覚が幼い頃から身についていたという。
セージ・バヴァは2024年のアースデイに際してフォーブス誌に寄せた文章で、人間の身体や精神は自然界のリズムと結びついており、その関係を断ち切ることは人間自身と地球の双方を傷つけることになると記している。彼女は「ディープエコロジー2」という言葉も用い、すべての生命には人間にとって役立つかどうかとは無関係の内在的な価値があると述べている。
フィールドレコーディングと思われる小鳥たちの声で始まるアルバム冒頭の(1)「Clean Away」は、その思想を直接的に反映した楽曲だ。土や苔、樹木といった自然のイメージを、10代の頃に大都市ニューヨークで自身が経験した自己喪失のトラウマから、自然との繋がりを思い出すことで自分自身を回復させていったという彼女自身の体験とも結びつけて歌っている。サックスのブラクストン・クック、ダブルベースのクリスチャン・マクブライド、オルガンのラリー・ゴールディングスといった豪華な布陣だが、彼らはあくまでも“自然”のように、彼女の回復のサポート役に徹しているのが印象的だ。
「自然」は、セージ・バヴァにとって音楽を生み出すフロウ(flow)の源だ。社会の規範や他者から求められる役割を離れ、自分の内側から出てくるものに耳を澄ませる。その感覚を取り戻したことで、自身の声と音楽への情熱も戻ってきたと振り返っている。
続く(2)「Love or Control」というタイトルは、『In Whose Eyes』にもうひとつの軸を与えている。セージ・バヴァは本作について、「女性性がwild=野生と再びつながること」を探ったアルバムだと説明しているが、ここでいう「wild」は荒々しさではなく、誰かによって形を決められたり、コントロールされたりする以前の自分自身でいられる自由を指している。スタジオや共同制作の場でも、他者から方向性を規定されず、自分の意思で創作できることを彼女はもっとも重視したようだ。
タイトル曲(4)「In Whose Eyes」(誰の眼差しの中で)も、その確固たる信念に根差した曲だ。誰かの期待や評価を通して自分を見るのか、それらを取り除いたところに残る自分自身の核心を受け入れるのか──バヴァにとって自然は、その問いと向き合う場所でもある。木々や動物は人間を評価せず、社会的な役割を要求することもない。自然の中に戻り内省やマインドフルネスを重ねることが、地球や自然とのつながりを感じられるただひとつの手段なのだ。
(3)「Nature」は、そうした本作の思想を最も端的に示す曲だろう。ブラクストン・クックとラリー・ゴールディングスが参加したこの曲には、10代後半のバヴァが精神的に追い込まれていた時期と、自然とのつながりを取り戻していった経験が反映されている。彼女は自然との断絶と、自分の身体、感情、声からの断絶を別々の問題として捉えていない。「We are nature」という言葉には、その考え方が端的に表れている。
アルバム中盤の(7)「Radiant Soul of Mine」には、それがより穏やかな形で現れる。16歳で故郷を離れ、コスタリカやスペインなど各地を旅したバヴァは、パンデミックを経て故郷オドナタ・サンクチュアリへと戻り、自分がその土地とどれほど深く結びついていたのかを再認識した。曲はオドナタにあったピアノで書かれ、その後ニューヨークでクリスチャン・マクブライドらと録音。農場のピアノで生まれたときの簡素なフォーク調の影を残しつつ、素朴でジャジーな楽曲に仕上がった。
セージ・バヴァはピアノでジャズを弾く父親のもと、ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルドらを聴いて育った。イーストマン音楽学校のプレカレッジ課程ではジャズ・ピアノとクラシック声楽を学び、その後バークリー音楽大学でコンテンポラリー・パフォーマンス・アンド・プロダクション(Contemporary Performance and Production)の修士号を取得。本作には電子的なプロダクションやR&B、ポップの感覚も入り込む一方、演奏者が同じ空間で反応し合うジャズの即時性も重要な位置を占めている。
ニーナ・シモンの録音でも知られるスタンダード(5)「Wild Is the Wind」を取り上げていることも象徴的だ。前述のように、バヴァが語る「wildness」とは、自分の外側から与えられる形に従うことから離れ、本来の自己へ戻るための自由だった。このカヴァーも、そうした文脈の中に置かれたものだ。
アルバムは(12)「I Dreamt of a Flower」で終わる。自然によって自分自身を「洗い流す(Clean Away)」ところから始まり、最後には一輪の花を夢見る。その間に描かれるのは自然そのものだけではなく、自分の身体や声、他者との関係、創作する自由を取り戻していくプロセスだ。環境保護と自己回復を同じ地平で捉え、それをジャズやソウル、R&Bへ落とし込んだところに本作の個性がある。
Sage Bava プロフィール
セージ・バヴァは、米ニューヨーク州ロチェスター周辺で育ったシンガーソングライター/ピアニスト/ギタリスト。家族が営む動物保護施設兼自然保護区「Odonata」で幼少期を過ごし、10歳頃から作曲や演奏活動を始めた。父親もジャズ・ピアノを演奏し、幼い頃からジャズに親しんだほか、13歳頃にはニューヨークのジャズクラブ「Iridium」でギタリストのレス・ポール(Les Paul)と共演した経験を持つ。
イーストマン音楽学校(Eastman School of Music)のプレカレッジ課程でジャズ・ピアノとクラシック声楽を学び、その後バークリー音楽大学(Berklee College of Music)でContemporary Performance and Productionの修士号を取得。ジャズを音楽的な基盤としながら、ソウル、R&B、ポップなどを横断した楽曲を手掛けている。2023年にEP『Falling In』を発表。2026年にはクリスチャン・マクブライド(Christian McBride)、ブラクストン・クック(Braxton Cook)、ラリー・ゴールディングス(Larry Goldings)、アンソニー・ウィルソン(Anthony Wilson)らを迎え、ラリー・クライン(Larry Klein)との共同制作によるデビュー・アルバム『In Whose Eyes』をリリースした。
Sage Bava – vocals, piano, guitar
Braxton Cook – alto saxophone
Christian McBride – double bass
Larry Goldings – organ, keyboards
Anthony Wilson – electric guitar, bass
Ryan Barski – drums
Hussain Jiffry – double bass
Dariel Peniazek – guitar
Margot – violin
Connor Seidel – electric guitar
- オドナタ・サンクチュアリ(Odonata Sanctuary)…米ニューヨーク州北部のハニーオアイ・フォールズ(Honeoye Falls)にある広さ約100エーカー(約40ヘクタール)の私設の自然保護区兼アニマル・サンクチュアリ。1960年代に鳥類保護活動家Joseph W. Taylor夫妻が自然保全を目的に取得した土地を前身とし、現在はセージ・バヴァの家族が運営。森林や生態系の保全とともに、保護された動物のリハビリテーションや終生飼育などを行っている。バヴァはここで育ち、自然や動物との関わりが自身の創作や環境思想に大きな影響を与えたと語っている。 ↩︎
- ディープエコロジー(Deep ecology)…すべての生命には人間と同等の価値があるとし、人間中心主義の考え方を根本から見直す環境哲学。1973年にノルウェーの哲学者アルネ・ネス(Arne Næss, 1912 – 2009)が提唱した。 ↩︎