出生時から音楽に人生を捧げた天才ムニール・オッスン、ラテン圏の才媛たちと紡ぐ神懸り的傑作

Munir Hossn - Vientre

ブラジルのマルチ奏者ムニール・オッスン新作『Vientre』

ブラジル出身のベーシスト/ギタリスト/作曲家、ムニール・オッスン(Munir Hossn) がラテン文化圏で活躍する女性音楽家たちを迎え制作した新譜『Vientre』は、ブラジルやスペイン、キューバなどの伝統から連なるリズムとジャズの洗練されたハーモニーが重なり合い、想像を絶するほど神懸り的な創造的プロセスを得て完成された素晴らしい音楽作品だ。

ジャジーで軽やかなグルーヴだが、全体的に非常に繊細な印象を受けるのは今作に参加した女性奏者たちが重ねるスキャット的なコーラスが全面的にフィーチュアされているためだろう。彼女らの生身から発せられる自然体の声はサウンド全体に大きな影響を与え、裏側では非常にテクニカルな演奏を行なっているもののそれ以上に人間の弱さや壊れやすさ、そして逆説的には他者への依存や結びつきの強さ、生命の連鎖の強さを印象付ける。こうした優れた音楽を聴くと、“直感”とは、根拠のない漠然としたものなのではなく、“未だ誰も上手く説明のできない論理”なのだとあらためて気付かされるのだ。

(4)「Sexo Sagitário」

今作に参加する女性ミュージシャンはキューバ出身の新星ドラマーナイレ・ソーサ・アラゴン(Nailé Sosa Aragón)、アメリカとオランダの両親の元に生まれ育ちフランス在住のパーカッション奏者ナターシャ・ロジャース(Natascha Rogers)、スペイン・バルセロナ出身で自身のトリオも率いるピアノ奏者ルシア・フメーロ(Lucia Fumero)、同じくスペイン出身で10代の頃からサン・アンドレウ・ジャズバンドで頭角を表し卒業後はソロで世界的な人気者となったトロンボーン奏者リタ・パイエス(Rita Payés)、同じくスペイン生まれでNYやブラジルでも活動したフルート奏者マリア・トロ(Maria Toro)と今をときめく人選。(1)「Mãe」にはジェイコブ・コリアーとのツアーに帯同するなど注目を集めたポルトガル・リスボン出身のSSW、マロ(Maro)もゲスト・ヴォーカリストとして参加するほどの充実ぶりだ。

(6)「Água mi coco」

Munir Hossn 天性の音楽家の物語

ムニール・オッスンは1981年ブラジル・パラナ州マンダグアリ生まれ。アフリカ系、アラブ系、イタリア系、ブラジル先住民族と入り組んだ家系で、母方の祖父や叔父はラジオ局のアナウンサーだった。
彼が生まれたとき既に父親は彼のもとにおらず、母親も仕事の最中はまだ幼いムニールを祖父に預け、祖父はラジオ・ディスコを彼の子供部屋にしたので、ムニールはカセットテープやレコードをおもちゃにして遊んで過ごしていたという。

6歳のとき、叔父は彼の人生を永遠に変えることになるアコースティック・ギターを彼にプレゼントした。
その後彼は母親が通う地元の教会の司祭に音楽の才能を認められ、教会が保有する楽器を自由に使わせてもらえるようになり、ドラム、キーボード、パーカッション、ギター、ベースといった担当者の代役を務められるようになった。

音楽に魅了され、周囲からも“神童”と呼ばれていたムニールは初等教育を完了しなかった。
10歳で彼は夜の街のクラブで演奏するバンドに加わった。
彼の母親が、息子が1週間以上学校に来ていないと気づいたのは彼女の兄が突然の死に直面し葬儀のために息子を学校から呼び戻す必要があるときだったという。彼女は息子がどこに行っているか知っている者はいないかと交友関係を訪ねてまわり、最終的に他のミュージシャンと一緒にガレージで練習している息子を見つけた──彼女は息子の耳を掴み家まで連れ戻したが、ムニールはその力を今も決して忘れていないという。

そんな事件があってしばらく経ってから、母親は息子に尋ねた。
「あんたは将来、一体どうしたいの!?」
息子ムニールの反応は明確だった。
「僕はもうミュージシャンだよ、お母さん」

その日以来、決してラジオから学ぶことを止めなかったムニールはわずか10歳で学校に通うことをやめ、11歳から家の家賃や生活費を負担した。

15歳ですでにブラジルのグループの一員となった彼は、その後もエルメート・パスコール、ホベルト・メンデス、ダニエラ・メルクリ、ジルベルト・ジル、レニーニなどブラジルの音楽シーンの著名アーティストに同行し、主要なテレビ局にも出演。
22歳頃からスペインから国際的なキャリアも開始し、2007年にはフランスに移りジョー・ザヴィヌル・シンジケート、ディディエ・ロックウッド、ロベルト・フォンセカ、マイラ・アンドラーデ、イブラヒム・マーロフなど世界的に有名なアーティストと共に世界中をツアーした。

地理的な距離のため、10代の頃を最後に母親に20年以上会えていないというムニール・オッスンだが、自分の音楽を世界に広め、家族により良い生活を送れるようにするという夢を今も追い続けている。

(7)「Nature」

Munir Hossn – bass, guitar, voices
Nailé Sosa Aragón – drums, vocals
Natascha Rogers – percussion, vocals
Lucia Fumero – piano, vocals
Rita Payés – trombone, vocals
Maria Toro – flute
Maro – additional vocals

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