昔むかし、明日というものがあった──。気鋭SSW、アマンダ・マガリャンイスは痛烈に現代社会を批評する

Amanda Magalhães - Era Uma Vez o Amanhã

ブラジルのSSW、Amanda Magalhães が社会を風刺

ブラジルの新世代シンガーソングライター、アマンダ・マガリャンイス(Amanda Magalhães)の2026年新作『Era Uma Vez o Amanhã』は、MPB/ソウル路線をゆく彼女の従来作の主要なテーマであった個人的感情や恋愛から一転、社会や政治の問題について先鋭的にラップする革新的な作品だ。アルバムタイトルは、おとぎ話の定型句「Era uma vez(昔々)」と「Amanhã(明日)」を結びつけた「昔々、明日というものがあった」という逆説的表現で、未来そのものがすでに失われつつあるのではないかという感覚を示唆。歌詞では現代社会のテクノロジー、労働、資本主義、SNSと承認欲求、環境問題、そして未来の社会像について歌っている。

これまでの作品同様に、作詞作曲、打ち込みやキーボード演奏、プロデュースなど作品創作の中核をアマンダ・マガリャンイス自身が担っており(ミックスのマスタリングのみトゥト・フェハス(Tuto Ferraz)が担当)、その才能とセンスに驚かされる。サンプリングも多用されているようだが、そのサウンドはアメリカのヒップホップとは一線を画し、サンバや北東部音楽、さらにはバンダ・ブラック・リオ(Banda Black Rio)の中心人物である彼女の父や祖父の影響下にあるであろうファンキ(ファンク)の要素などブラジルの豊かな音楽的土壌を感じさせる。

先行シングルとして公開された(4)「Vida de Rei, Vida de Cão」は、アルバムの問題意識をもっともわかりやすく提示する楽曲だ。タイトルは直訳すると「王の人生、犬の人生」。豊かな文化や人間的な温かさを誇りながら、同時に混乱、格差、放置を抱えるブラジル社会の矛盾を描いている。歌詞では、ブラジルの華やかな側面を象徴するサッカーやカーニヴァルを思わせる高揚感と、社会の周縁に置かれた人々の視線が交互に現れる。アマンダ・マガリャンイスはインタビューで「ブラジル人であることの甘苦い感情」を表現した曲だと語っており、哀愁際立つカヴァキーニョの音色とともに“ジェイチーニョ・ブラジレイロ1”を皮肉的に描き出す。

(4)「Vida de Rei, Vida de Cão」

アルバム中もっともタイトルが挑発的なのが、(5)「Oração ao Capital」(資本への祈り)では、お金や市場がほとんど宗教的な存在になっている現代社会の状況を風刺。歌詞では、成功、成長、効率、生産性といった言葉が、まるで信仰告白のように並べられていく。人間が幸福のために経済を利用するのではなく、経済のために人間が存在しているかのような倒錯が浮かび上がる構造だ。

SNS時代の承認欲求を真正面から扱う(6)「Eu Quero Likes」(私は“いいね”が欲しい)では、自己表現がいつの間にか評価されるためのパフォーマンスに変わっていく過程が描かれ、自分自身もそのシステムの内側にいることの自己批判が感じられる。
AIや自動化が進む時代を背景に人間らしさとは何かを問いかける(3)「A Máquina e o Homem」では、未来技術の便利さを受け入れながらも、人間としての大切な感情を失いたくないという揺らぎを描く。

(3)「A Máquina e o Homem」

ラストの(10)「Canção pra Te Amar no Fim do Mundo」(世界の終わりでも君を愛するための歌)は、まるで瓦礫の中に残った小さな灯火のようだ。本作中唯一、ラップではなく“歌”を表現の主軸に据えており、ゲストにシコ・セーザル(Chico César)と女性ラッパーのビオーニ(Bione)を招き、環境危機や社会崩壊を思わせる終末的なイメージのなかで、それでも誰かを愛そうとする意志が歌われる。ここで描かれる「愛」とは、現実逃避ではなく、壊れゆく世界を知ったうえで、なお他者へ手を伸ばす行為のことだ。

Amanda Magalhães プロフィール

アマンダ・マガリャンイスは1991年ブラジル・リオデジャネイロ生まれのシンガーソングライター/ピアニスト/音楽プロデューサー/女優。幼少期からブラックミュージックに囲まれて育ち、MPB、R&B、ソウル、サンバ、ポップを横断する現代ブラジル音楽の注目株として知られる。

父はブラジルを代表するファンクバンド、バンダ・ブラック・リオ(Banda Black Rio)の現リーダー/プロデューサー/アレンジャーであるウィリアン・マガリャンイス(William Magalhães)、祖父は同バンド創設者で名テナーサックス奏者のオベルダン・マガリャンイス(Oberdan Magalhães)。母親のヴェロニカ・ペレイラ(Verônica Pereira)もベイビー・コンスエロ(Baby Consuelo)のバックヴォーカリストを務めた経験があるという音楽的環境の中で育ち、自身の作品では作詞作曲だけでなくプロデュースも手がけている。

サンパウロ大学演劇学校(EAD-USP)で学び、Netflixのブラジル制作ドラマ『3%』のナタリア役で俳優としても広く知られるようになった。音楽活動は2018年頃から本格化し、2020年にデビュー作『Fragma』を発表。セウ・ジョルジ(Seu Jorge)やリニケル(Liniker)との共演でも注目を集めた。続く『Maré de Cheiro』(2023年)ではブラジル各地のリズムと電子音楽を融合し、さらに2026年の『Era Uma Vez o Amanhã』ではラップやサンプリングを大胆に取り入れ、社会的テーマへと表現領域を広げている。

歌唱、ピアノ演奏、作編曲、プロデュースを一人で担うマルチな才能と、ブラジル音楽の伝統を現代的サウンドへ更新する感覚によって、現在のブラジル新世代MPBを代表するアーティストの一人として高い評価を受けている。

  1. ジェイチーニョ・ブラジレイロ(jeitinho brasileiro)…「決まりごとやルールを少しだけ曲げ、臨機応変に、ちゃっかりと目的を達成する裏技や処世術」を表す、ブラジルの文化や国民性を象徴する言葉。 ↩︎

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