マーシャル・アレン、世代を超えたミュージシャン集う新譜
人間の肉体と精神の限界は、どこにあるのだろう。
統計は、以下のデータを示している:
- 人間の半数は、およそ72〜75歳までに亡くなっている
- 人間の90%は、およそ88〜92歳までに亡くなっている
- 100歳まで生きる人間は人口の1%前後
- 認知症有病率は90代後半で急増する
しかし、世界は広い。
“常識”というものがあるとするならば、その常識の外側の世界もあるのが世の常らしい。
ここに、100歳を超えてなお、ステージ上でサックスを吹き鳴らし、スタジオ録音によるアルバムをリリースした音楽家がいる。
マーシャル・アレン(Marshall Allen)。
1924年生まれ。
サン・ラ・アーケストラ(Sun Ra Arkestra)のリーダーを、サン・ラ亡き後30年以上務めている人物だ。
筋力は30歳頃をピークに加齢で低下し、80歳以降は低下速度がさらに大きくなるという。サックス演奏に必要な呼吸筋、姿勢保持、指の巧緻性を100歳超で維持することは生理学的にも極めて難しいはずだ。
これらの事実を鑑みれば、100歳で初のソロ名義のアルバム『New Dawn』をリリース後、わずか1年で第2作目となる本作『101: An Audio Odyssey』をリリースしてきたことに、奇跡に限りなく近いものを見る驚きを禁じ得ない。
フリー・インプロビゼーションがアルバムの大部分を占める新作『101: An Audio Odyssey』には、世代を超えたミュージシャンたちが参加している。
1970〜80年代にかけてオーネット・コールマンのバンドで活躍したベース奏者ジャマラディーン・タクマ(Jamaaladeen Tacuma)と、ウィルコ(Wilco)のギタリストとして知られ、本田ゆか(チボ・マット)の夫でもあるギタリストのネルス・クライン(Nels Cline)はともに1956年生まれの70歳。コアメンバーで最年少のサックス奏者イマニュエル・ウィルキンス(Immanuel Wilkins)は1997年生まれの29歳だから、曾孫くらいの世代だ。マーシャル・アレンとは73歳差。途方もない数字だが、同じ空間で音を奏でれば、そこに隔たりはなくなるのが音楽の素晴らしいところでもある。
そもそもマーシャル・アレンが1950年代から在籍したサン・ラ・アーケストラという音楽集団そのものが、時間という概念に抗うような存在だった。
「宇宙」をテーマに、アフロフューチャリズム、フリー・ジャズ、ビッグバンド、電子音楽、古代エジプトのイメージなどを自在に横断したサン・ラ。その音楽は、過去と未来、伝統と前衛、現実と宇宙を行き来し、その境界を溶かしていった。
そして1993年にサン・ラが亡くなった後も、その世界を途切れさせることなく受け継いできたのがアレンだった。
現在、マーシャル・アレンは102歳になったが、彼はその輝かしい過去を再演しているわけではない。『101: An Audio Odyssey』というタイトルが示すように、ここで彼が続けているのは回顧ではなく、新しい音への冒険に満ちた旅(=Odyssey)なのだ。
100歳を超えてなお未来を向く──その姿は、ある意味ではサン・ラが掲げた「宇宙へ向かう」という思想を、誰よりも忠実に実践しているようにも見える。
老いとは、過去だけが増えていくことなのだろうか。
もしそうだとすれば、マーシャル・アレンは少し違う。
彼の背後には、1920年代から現在までのジャズの長い歴史がある。サン・ラとの活動、フリー・ジャズの激動、数え切れないほどの録音とステージ。その膨大な過去を背負いながら、彼は今もなお新しい音を聴き、新しい音を鳴らし、未だ世にない音楽を創っている。
今作『101: An Audio Odyssey』は、その事実そのものを記録したアルバムでもある。
人間の肉体には限界がある。
時間にも終わりがある。
それでも、その限界を知りながら、なお音を出し続けることはできる。
102歳のマーシャル・アレンが吹くサックスは、そのことを、理屈ではなく音そのもので証明している。
Marshall Allen プロフィール
マーシャル・アレンは1924年5月25日、米ケンタッキー州ルイヴィル生まれ。アルト・サックスを中心に、フルート、オーボエ、ピッコロ、EWIなども操るアメリカのジャズ音楽家。フリー・ジャズ/アヴァンギャルド・ジャズを代表するサックス奏者のひとりとして知られる。
第二次世界大戦中は米陸軍第92歩兵師団(バッファロー・ソルジャーズ)に所属し、軍楽隊で演奏。戦後はパリ音楽院で学び、1958年にサン・ラ・アーケストラ(Sun Ra Arkestra)へ参加した。以後、サン・ラ(Sun Ra, 1914 – 1993)の最も重要な協力者として活動し、200作を超える関連録音に参加。サン・ラ没後の1995年からはサン・ラ・アーケストラのリーダーを務め、アフロフューチャリズムとコズミック・ジャズの精神を現在まで継承している。
その演奏は鋭い高音域、自由奔放な即興、電子楽器を取り入れた実験性によって特徴づけられ、1960年代初頭のフリー・ジャズ運動にも大きな影響を与えた。フィラデルフィアの Sun Ra Arkestral Institute を拠点に活動を続け、100歳を超えてなお精力的に録音とツアーを行う稀有な存在である。
2025年には100歳を迎えて初のソロ名義アルバム『New Dawn』を発表。同年、米国芸術基金(NEA)より最高位のジャズ栄誉である「NEA Jazz Master」に選出された。現在もサン・ラ・アーケストラを率いて世界各地で演奏を続けている。
Marshall Allen – alto saxophone, EWI, kora
Jamaaladeen Tacuma – electric bass guitar
Nels Cline – electric guitar, electronics
Immanuel Wilkins – alto saxophone, acoustic upright bass
King Noli – drums, keyboards
Braxton Bateman – trumpet, piano
Malcolm Charles – drums, keyboards
Tara Middleton – vocals
DM Hotep – electric guitar
Ru-Deep – electric guitar
Roberto Verastegui – keyboards, string arrangement